本の言葉 ~私の読書ノート~

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『きけ わだつみのこえ』 日本戦没学生の手記

      2018/03/05

<上原良司>

飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そにこは感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。明日は出撃です。

※出撃の前夜記した「所感」より
一九四五年五月十一日、陸軍特別攻撃隊員として、沖縄嘉手納湾の米機動部隊に突入戦死。陸軍大尉。二十二歳

<柳田陽一>

運命とは何か。死とは何か。総てがひしひしと身に迫る。何も言わない。何も言わない。生きようとも死のうとも思わない。何が意義があるのか、私は知らない。運命の流れを静かに見つめたい。そして歴史の流れを。最後に、歴史の、そして運命の本質を。

※一九四ニ年一月二十九日の日記より
一九四ニ年十月一日、千葉県木更津にて事故により遭難殉職。二十三歳

<篠崎ニ郎>

きみの顔が浮かぶ。情熱的な黒目がちの目、きりっとした中にも愛くるしいまで引きしまった口、ふくよかな胸の辺り、きみのまぼろしが浮かんで消えない。

※一九四ニ年師走の寿子夫人への手紙より
一九四四年一月十八日、当時イギリス領東部ニューギニアにて戦死。陸軍歩兵伍長。三十三歳

<上村元太>

人間の本性としてfreedomにあこがれるという真実さを、兵営にきて始めて、身にしみて知った。失うまい、何時までもこの美しい心根を。

※一九四三年七月一日の日記より
一九四五年四月二十一日、沖縄本島宜野湾方面戦において戦死。二十四歳

<長谷川信>

人間は、人間がこの世を創った時以来、少しも進歩していないのだ。
今次の戦争には、もはや正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。敵対し合う民族は各々その滅亡まで戦を止めることはないであろう。

恐ろしき哉、浅ましき哉
人類よ、猿の親類よ。

※一九四五年一月十八日の日記より
一九四五年四月十二日、武陽特別攻撃隊員として沖縄にて戦死。陸軍少尉。二十三歳

<尾崎良夫>

会えなければさようならだ。くれぐれも身体は大切に。神のような気持ちを持ち続けてくれ。貴様が俺の妹であってくれたことは貴様の幸よりは俺の幸だったよ。しっかりと生きてくれ。

※一九四四年十月の妹への手紙より
一九四五年六月六日、フィリピンのクラークフィールドにて戦死。海軍中尉。二十二歳

<林市蔵>

ほんとに私は幸福だったです。我がままばかりとおしましたね。
けれどもあれも私の甘え心だと思って許して下さいね。
晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。

※一九四五年三月三十一日付の母への最後の手紙より
一九四五年四月十二日、第二七生特攻隊員として沖縄沖で戦死。海軍少尉。二十三歳

<大塚晟夫>

俺は断っておくが、墓なんか要らないからな。あんな片苦しいものの中へ入ってしまったなら窮屈でやり切れない。俺みたいなバガボンドは墓はいらない。父上や母上にその事をよろしく言ってくれ。

※姉妹へ向けての手紙の一九四五年四月二十五日の箇所(出撃の当日まで続く)より
一九四五年四月二十八日、沖縄嘉手納沖にて特別攻撃隊員として戦死。海軍少尉候補生。二十三歳

<林正憲>

八月九日 快晴
敵機動部隊が再び本土に近接してきた。
一時間半後に、私は特攻隊員として、ここを出撃する。秋の立った空はあくまで蒼く深い。
八月九日!
この日、私は、新鋭機流星を駆って、米空母に体当りするのである。
ご両親はじめ、皆様さようなら。
戦友諸君、有難う。

※日記より
一九四五年八月九日、神風特別攻撃隊員として本州東方海上にて戦死。海軍中尉。二十五歳








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